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UNIT 4th Anniversary Moritz von Oswald Trio
    Text by 野田 努

モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオの初来日は、テクノ・ファンにとって嬉しいニュースだ。ベルリン・アンダーグラウンドにおけるこのスーパー・グループは、ここ1年でその輪郭を見せ、そしてすぐに噂は駆け回り、ヨーロッパで数少ないライヴ・パフォーマンスを実現し、あるいは彼らはレコーディングに没頭していた、おそらくは、モーリッツ自慢のとんでもないスタジオで。

 まあとにかく、彼らのアルバムはもうあとはリリースを待つばかりで、その前に今回の初来日ライヴが決定したというわけだ。メンバーはモーリッツの他にマックス・ローダーバウアー(サン・エレクトリック他)、そしてウラディスラヴ・ディレイの3人――ベルリンのアンダーグラウンド・シーンにおいてけっこうな個性が集まったと言えるだろう。
 それにしても、モーリッツとマーク・エルネストゥスのふたりによるベーシック・チャンネル――その影響力は信じがたいほどいまだに大きく、もうそろそろ誕生して20年近く経つというのに、彼らが開発したミニマル・テクノの宝刀はまったく錆びることなく輝いている。



■Basic Channel 「BCD」




■Basic Channel 「Enforcement」




■Basic Channel 「Phylyps Trak II」




昨年のディープコードのように、われわれは毎年のようにその新しい影響を見つけては驚き、しかもそれらはアンダーグラウンドでスマッシュ・ヒットするのだ。

■Deep Chord 「Echospace -The Coldest Season」




リズム&サウンド名義の活動でダブを極めたふたりだが、モーリッツ・フォン・オズワルドのほうは、近年は個人名義での仕事を積極的に展開している。たとえばトニー・アレンの作品におけるエンジニアリングやリミックスなどその代表的なひとつだろう。アフロ・ビートの生みの親とのこの共同作業は、おそらくはモーリッツ・フォン・オズワルドにとって新境地を探索する、まさにその第一歩となったのではないだろうか。

■Tonny Allen 「Lagos No Shaking」




ミニマル、ダブ、そしてパーカッシヴな響き――古いファンならこの試みのなかに、パレ・シャンブルグ時代の、つまり、まだうら若きモーリッツの姿を見出したかもしれない。モーリッツ・フォン・オズワルドは、1983年、新生パレ・シャンブルグのパーカッショニストとしてデビューしているからだ。

 歴史を遡ってみよう。パレ・シャンブルグはもともとホルガー・ヒラーを中心に、トーマス・フェルマンらをメンバーに擁するポスト・パンク・バンドで、1981年のデビュー・アルバムのプロデュースは現代音家のデヴィッド・カニンガムだった。ホルガー・ヒラーが脱退し、バンドのイニシアチヴをトーマス・フェルマンが握ったとき加入したのがモーリッツ・フォン・オズワルドで(たしかまだ10代だった)、このバンドの後期メンバー、トーマスとモーリッツと、そしてラルフ・ハートウィグの3人は、そのままベルリンのダンス・カルチャーにおける草分け的存在となる。


■Palais Schaumburg 「Palais Schaumburg」




■Palais Schaumburg 「Lupa」




■Thomas Fehlmann 「Honigpumpe」




パレ・シャンブルグ解散後、1986年にトーマスはレディメイド名義でドイツで最初のサンプリング・ポップ・ミュージックを発表(M/A/A/R/Sの“パンプ・アップ・ザ・ヴォリューム”みたいなもの)、いっぽうモーリッツはラルフとともにマラソンなるプロジェクトを組んで、いよいよハウス・サウンドに挑戦する。1989年、ベルリンの壁が崩れたその年に、彼らは(当時、アレックス・パターソンがA & Rを務めていた)E'Gレコードより「Love Park」を発表、ベルリンで生まれたこのバレアリック・サウンドはものの見事にフロア・ヒットするのだった。ちなみにこのシングルはイギリスではマイク・ピカリングとグレアム・パークというハシェンダの二大看板による別ヴァージョンを収録したリミックス盤も発売され、そして翌年には第二弾シングル「Movin'」がメジャー・レーベルの10レコードから発売されている。


■Marathon 「Movin'」



■Marathon 「Love Park」




そして同じ年には、イギリスでアレックス・パターソンとユースが主宰するダンス・レーベル、ワウ・ミスター・モドからサン・エレクトリックがシングル「オー・ロココ」で鮮烈なデビューを飾っている。サン・エレクトリック――ベルリンのアンビエント・シーンをリードするこのプロジェクトには、モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオに参加するマックス・ローダーバウアーが在籍する。マックスは90年代を通じてサン・エレクトリックとして何枚もの素晴らしい作品を残しているが、最近では再評価が高まるなか再発や未発表音源のリリースも相次ぎ、いっぽうでは彼のテクノ・プロジェクト、NSIがルチアーノのカデンツァから作品を発表し、耳の早いファンのあいだではそちらのほうも話題となっている。


■Sun Electric 「O'LOCCO」



■Sun Electric 「30.07.94. Live」



■NSI 「Non Standerd Institut」




さて、マラソン名義によってベルリンのバレアリック・サウンドを打ち出したモーリッツ・フォン・オズワルドだが、しかし1991年からの彼はむしろそれとは対極にあるデトロイト・テクノ――それも主にURとジェフ・ミルズへと急激に接近している。ベルリン市内でデトロイト・テクノやシカゴ・ハウスを扱うハードワックスなるレコード店を営むマーク・エルネストゥスとの出会いが、モーリッツに新しい方向性を与えたのだろう。やがてふたりはベーシック・チャンネルを名乗る――というわけである。ちなみにモーリッツはベーシック・チャンネルの一員として活動するいっぽうで、1992年から1993年にかけてのおよそ1年のあいだ、トーマス・フェルマンとともに3MBとしても活動している。このプロジェクトを通じてモーリッツは、エディ・フォークス、ブレイク・バクスター、そしてホアン・アトキンスといったデトロイト・テクノの大物プロデューサーたちとのコラボレーションを果たしている。


■3MB Featuring Magic Juan Atkins 「3MB」




■Juan Atkins 「Deep Space」




3MBもこの時期のテクノでは重要なプロジェクトだったが、しかし何と言ってもベーシック・チャンネルだった。彼らはテクノ・シーンに“ミニマル”という方向性を与えたばかりでなく、そこに“ダブ”という手法をかなり大胆な形で応用し、抽象性の高い、極めて独創的な音を発明している。


初期の頃からベーシック・チャンネルの盤の裏面には必ずダブ・ヴァージョンが収録されていたが、1996年にスタートさせたリズム&サウンド・プロジェクトでは、彼らの“ダブ/レゲエへの追求心”がよりストレートに反映されている。また、ダブを極めるあまり、彼らはダブプレート事業にも手を出し、と同時にレコード盤のカッティングにおける偏執的とさえ言えるこだわりを見せている。レーベルの初期は、レコードのカッティングのためにわざわざデトロイトのカッティング工場(NSC)に発注していたほどの懲りようだったが、やがて彼らは自分たちでカッティング・マシンを所有するようになって、そして驚くべきことにモーリッツ自身がカッティング技師の技術を身につけ、自らカッティングまで手掛けるようになるのだ!


■Rhythm & Sound 「Music A Fe Rule」




■Rhythm & Sound 「Rhythm & Sound」




一躍カリスマ性の高いレーベルとなったベーシック・チャンネルだが、自分たちの作品以外にも興味深い新人を次々と送り出している。フィンランドのウルディスラヴ・ディレイもそのなかのひとりだった。ウラディスラヴ・ディレイは、1999年にベーシック・チャンネル傘下のチェイン・リアクションから発表したシングル「Huone」によって、モーリッツ&マークのふたりによる“ミニマル”と“ダブ”というコンセプトをさらに拡張してみせ、そのたった1枚でシーンの寵児となった。その後のウルディスラヴ・ディレイの活躍に関しては、多くを語る必要はないだろう。実験的なものばかりではなく、ルオモ名義では華麗なハウス・サウンドを披露し、いまにいたるまで幅広い活動をしている。

■Vladislav Delay 「Huone」




■Vladislav Delay 「Multila」




……こうやって3人のプロフィールを追っていくと、あらためてモーリッツ・フォン・オズワルド・トリオの初来日への期待が膨らんでくる。そもそも、これはテクノの聖地ベルリンにはつねにシーンに影響を与えてきたモーリッツにとっての新しい試み――というだけでも注目するに充分値するのだ。ライヴ演奏を少しだけ聴いた印象では、タンジェリン・ドリームとトニー・アレンが一緒にスタジオに入ったかのような音だ。いずれにしても、この夏におけるもっとも重要な夜になることは間違いないだろう。

Moritz von Oswald (Basic Channel) on Electronics & Mix
Vladislav Delay (aka Luomo) on Percussion
Max Loderbauer (Sun Electric, NSI) on Modular Synthesizer


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